ベイビー&ベイビー
第20話
最終話
「結婚……しなかった……って?」
固まったままの俺はなんとか混乱する意識を整えて、目の前の明日香に聞く。
一方の明日香は、俺の問いかけに答えず、全然違うことを口に出してきた。
「ねぇ、拓海くん」
「え?」
「拓海くんは、この一年笑っていた?」
「え?」
そういって明日香は俺に椅子に座るように促すと、自分も目の前の椅子に腰掛けた。
やっと視線が近づいて、俺と明日香はじっとお互いの顔を見つめた。
明日香の質問。
その答えはノーだ。
俺はこの一年、あの沢商事にいた頃のような自分ではなかったといえるだろう。
仕事仕事と自分にかまけず、すべて仕事に時間を費やしてきたと思う。
確かにロスのこの支社はいろいろやっかいごとも多いし、sawaコーポレーションでも大変な支社という位置づけがされている。
だからこそ、沢の御曹司である俺が就任したことで、周りの人間は興味深々だった。
名ばかりで仕事ができるとは思わない、それがロス支社の人間の見解だった。
もちろん、沢のトップの重役たちも俺の仕事ぶりなど見たことがなかったため、俺を試していたといっても過言ではないだろう。
この一年は必死だった。
名ばかりではない。
ただの血族運営だからとロス支社に突然就任したなどと思われたくなかったから。
俺の容姿はやっぱり不安を抱かせるようで、最初こそ軽視されていたが、すぐに俺の実力と努力を感じ取ってくれた。
当たり前だ。
俺はこのsawaコーポレーションを背負って立つ男。
そう、幼い頃から言われ続けて努力だけはかかさなかった。
自信はあったが、いざ荒波に放り出されると不安がなかったとはいえない。
だからこその一年だった。
俺はがむしゃらに走った。そんな一年だった。