ベイビー&ベイビー
番外編「アイに落ちる夜」木ノ下涼太郎SS
アイに落ちる夜
「で、自棄酒か?」
「涼の馬鹿ヤロー。甲斐性なし」
「おいおい、自棄酒したいのはこっちだっつーの」
俺は数時間前に部屋に一升瓶を抱えてやってきた、このシスコンに頭を悩ませた。
明日は久しぶりのオフ。
ここのところ、座長を務めていた舞台や映画撮影でバタバタしていて休みなどほとんど取れていなかった。
まぁ、それもいい。
余計なことを考えなくて済むから。
明日香がロスに行ってから一年が過ぎた。
明日香は元気にやっているだろうか。
明日香を無理やり俺の傍にいさせたかった。
だからこそ、明日香には嘘をついた。
婚約を両家に知らせたから、と。
でも実は。
俺の親は何も知らない。
明日香とよりを戻そうと俺がしているなんて、露ほどにも考えていないだろう。
家同士とも話しが繋がっている。
そう、明日香には思い込ませたかった。
俺の傍から逃げられないように。
それに一枚噛んでいたのは、目の前の大虎。
笹原宗一。
明日香の兄だ。
宗一にうまいこと両家で話がまとまったと明日香に言わせていたのだ。
だから、婚約なんて話は両家には伝わっていない。
俺と宗一の間だけで、取り交わされた約束にすぎない。
はっきりいって、すべてひっくり返してばらしてしまえば、明日香を拘束するだけの条件は何一つ揃っていなかったのだ。
明日香にもう逃げられないんだ、という現実を突きつければ。
俺のところに来てくれるんじゃないか、と思ってやった策略にすぎない。
結果、明日香を苦しめただけで俺にはなんのメリットも残されていなかったが。
「ちくしょー。可愛い明日香がロスなんかにいっちまったじゃねぇーかよー。お前が無理やり捕まえておかないからだ」
「馬鹿、無理だ」
「無理なものか。このお兄様がいいと言ってたんだ。俺がいいっていったらいいんだーー」
「はいはい」
もう絡み酒を通り越して、すでに泣き上戸と化している。
俺は大きくため息をついた。
宗一は自他共に認めるほどの、シスコンだ。
明日香をこの世で一番愛しているかもしれないと思われる男だ。
「明日香はずっと京都にいればよかったんだ」
「はいはい」
「なのに、就職は東京なんかに行くとかいいだすし」
「はいはい」
「初恋の男にのぼせ上がって、しまいにゃロスだと!? ふざけるな」
「はいはい」
「ロスから全然戻ってこないんだよー。明日香ーーー」
もう、涙でぐしょぐしょの宗一。
そういえば、この前の雑誌に宗一が取り上げられていた。
なんでも、茶道界のプリンスともてはやされているらしい。
が、今のこの惨状を見るとどこがと思わず疑いたくなる。
この姿を見せれば、こいつのファンなどすぐにいなくなることだろう。