ベイビー&ベイビー
番外編SS「感情が蕩ける夜」
「……拓海くんってさ」
「何? 明日香ちゃん」
「根っからのプレイボーイかもしれないわ」
そういって私はギュッとクッションを抱きしめて、ソファーの上で正座をした。
そんな私を見て、拓海くんはクスクスと笑う。
でも、その笑顔がとっても甘いものだと感じて。
私の胸はドキンドキンかなりの音で煩いぐらいだ。
なんだか悔しくなって拓海くんから視線を逸らすと、拓海くんは忍び笑いをする。
まったくもう。
私のことからかって遊んでいるんだから。
思わず頬をプゥと膨らませた。
感情が蕩ける夜
拓海くんと、このロスの土地で再び出会ってから三ヶ月がたとうとしていた。
あんなに辛かった一年が嘘みたいで、今は幸せだと声を大にして叫びたいぐらいだ。
あれから、拓海くんが一年前に思っていたことを聞いた。
私が「セフレにしてほしい」と懇願した夜。
あの時はまだ、私を思い出の中の女の子だったんだという認識しかなかったらしい。
私との関係をギクシャクさせたくはなかったが、セフレとして私に手を出すなんてとても出来なかったと言っていた。
「明日香ちゃんにはそんなことしてほしくなかったんだ。だからあの時冷たくあしらったんだ」
そういって拓海くんは悲しそうな顔をして私に言った。
でも、私にだってわかっていた。
あそこで私がどれだけ懇願しても拓海くんは私を抱くことはないだろうって。
きっと私のことを大事に思ってくれている、そういう自信はあった。
ただ、その自信は同僚として私のことを好きでいてくれている、というだけだったのだけど。
あの時、もし拓海くんが私のお願いを聞いていたら。
それはそれで、拓海くんのこと幻滅していたかもしれない。
本当、勝手な話だとは思うけど。
拓海くんは私をセフレにはしない、という自信があったのだ。
だけど、真理子さんに発破をかけられて思わず言ってしまったのだ。
言ってしまったら後には引けなくて、大胆なことを言ってしまったのだが。
私は知っていた。
拓海くんは、どこか自分の本性を隠して偽りの仮面をかぶっているということを。
だって、小さい頃の拓海くんって本当意地悪で。
あんな弟キャラなんて感じじゃなかった。
かわいい顔をして、ニヤリといたずらをする。
やんちゃな男の子だった。
よく拓海くんのおばあちゃんが怒っていたっけ。
だから、会社で再び出会った拓海くんをみて心底驚いた。
初恋の男の子に会えたということに。
そして、その男の子は人当たりは良かったけど、本性は隠しているということに。
その本性。
それは、ちょっと意地悪で、それでいて本当はとっても優しい。
そのことを私は知っていた。
だから、あの夜。実は安心したの。
ああ、やっぱり拓海君は拓海君だって。
ただ、何故偽りの仮面をかぶっていたのかはわからなかった。
それを拓海くんは、私につい先日話してくれたのだ。
辛い恋愛。
拓海くんが偽りの仮面を被ることになるきっかけとなったことを。
「俺はもう嫌だったんだ。好きな女が家のことで苦しむのを見るのが」
そういった拓海くんは、あの日の拓海くんだった。
そう、日本で最後の夜。
私をギュッと抱きしめて、笑顔でいてといった、あの時の拓海くんの顔。
あの言葉の裏には、こんなにも拓海くんの過去が詰まっていたなんて。
辛い恋愛が拓海くんを、あんなにも変えてしまっていたなんて。
なんだか、その真実を聞かされたときは悔しかった。
拓海くんを、そこまで変えてしまった女の人に対して。
それだけ拓海くんは、その女の人に夢中だったのだ。
それだけ、好きだったのだ。
その話を聞いて拗ねている私に、拓海くんは言った。