ベイビー&ベイビー



「俺は明日香が幸せじゃないと、俺も幸せになれないから」


 そういわれてハッとした。

 確かに、涼さんに押し切られた感はあった。
 だけど、そんなのどうにでも押し返すことが出来たはずだ。
 それをせずに、流されたのは私。
 涼さんの優しさに縋り付いたのは紛れもなく私なのだ。

 そして、涼さんは気が付いていた。
 私の心にはまだまだ拓海くんでいっぱいだということに。
 
 謝ろうとした私に、涼さんは首を振った。


「謝るな。悪いと思うのなら幸せになれ。振り向かない馬鹿な男を振り向かせて来い。それが出来ないのなら二度と恋をするな」


 そういって笑って私の背中を押してくれた涼さん。
 覚悟を決めて、ロスに行こうと決断した日。
 真理子さんから、また突然手紙が京都の実家に届いた。

 そこに書かれていたのは、拓海君に対するいっぱいの愛だった。
 書いてあったのは一言だけ。

”拓海をよろしく”と書いてあった。

 拓海くんは、真理子さんとの間柄はセフレだったと言っていたが、それは違ったのではないかと思う。
 きっとそこには愛があった。

 そうじゃなければ、拓海くんが心を許すはずがない。
 拓海くんは気が付いていていなかっただけ。

 真理子さんは、真理子さんでそんな拓海くんに合わせてあげていたのだ。

 分かり合っている二人に今だに嫉妬してしまいそうになる。
 私がちょっと気分が沈みかけていると、私の隣に拓海くんが座った。


「明日香ちゃん、何考えている?」

「……何にも」


 そういってクッションに顔を埋めると、クッションごと私は拓海くんに抱きしめられていた。


「た、拓海くん?」

「何か心配事?」

「ち、違う!」


 クッションに埋めていた顔を上げると、どアップで拓海君の顔があった。
 思わず顔を背けたのだが、拓海くんの顔は私の顔を追う。

 どうしようもなくなって拓海くんの顔をじっと見つめた。

 優しい瞳がそこにあった。
 瞳には私の顔が映し出されていた。

 それだけで幸せな気分になる。
 本当に単純。
 さっきまで嫉妬でどうしようもなくなっていたというのに。

 でも、なんだか悔しくて目の前の拓海くんには言いたくなかった。
 拓海くんを取り巻くすべてに嫉妬していたなんて。

 恥ずかしくて言えない。

 そんな私の気持ちをフワッと浮上させる拓海くんの言葉に、私の胸は今非常に煩い。


「俺は心配だよ。明日香ちゃんが俺に愛想つかして逃げちゃうんじゃないかってね」

「……いなくならないよ」


 ポツリと小さな声で呟くと、目の前の拓海くんはひどく嬉しそうで、はにかんで笑った。


「いなくなっても今度は俺が捕まえにいくけどね」

「拓海くん」

「本当はね」


 そういって私をギュッと抱きしめる拓海くん。
 私の鼓動が聞こえなきゃいいけど。
 そんな心配事が吹っ飛ぶ台詞が耳から入ってきた。


「……何度も明日香ちゃんを奪い去ろうかと思って、航空チケット用意してたんだ」

「!」


 初耳だ。
 ずっと拓海くんはロスで私への気持ちを封印していたんだと思っていた。
 驚いて拓海くんを見ると、困ったように恥ずかしそうにしている拓海くんがいた。


「勇気がもてなくて、ずっと燻ってた」

「……」

「だけど、もう俺迷わないから」


 そういって笑う拓海くん。
 私の大好きな笑顔だ。


「もう離さないから」


 ああ、もう。
 拓海くんは私の気分を浮上させる天才だ。

 きっと世界ランク一位だ。
 そしてやっぱり根っからのプレイボーイに違いない。
 こんな台詞をサラリと言ってのけるんだから。

 私の気持ちを奈落の底に突き落とすことが出来るのも、目の前の彼なのだけどね。

 夜は長い。
 少しずつ、少しずつでいいから。
 拓海くんをもっと知っていきたい。

 私のことも、拓海くんに知ってもらいたい。


「……愛してる」


 そんな声が私の耳を掠めた。
 が、私はそれどこじゃない。

 拓海くんの熱を感じて、ドクンと体が熱くなった。

 夜は長い。
 
 もっともっと言って。
 愛してるって言って?

 私も答えるから。

 拓海くんが好きだって、愛しているって。

 だから、私と一緒に溶けちゃおうか。

 私の全部をあげるから。
 だから、拓海くん。


「……ちょうだい……」


 あなたが欲しい。
 


 FIN
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