君にすべてを捧げよう
――それから。
鏑木さんは、キス以上のことはしてこなかった。


『これ以上は、またね』と言って、最後に額にキスを残しただけで、お互い別々の部屋で眠った。
しかし、あたしはまともに眠れなくて、満足に睡眠もとれずに悶々と夜を過ごした。

蓮の顔と、鏑木さんの顔が交互に現れて心の平穏を許してくれなかったのだ。


だから、夜も明けきらぬうちに蓮が家を出ていくのを、じっと耳を凝らして聴いていた。

帰ると、思っていた。

あの日も、蓮は黙って出て行ったから。

静かに、蓮の車が走り去っていくのを、ベッドの中で身じろぎもせずに聴いていた。

それも聞こえなくなった頃、無意識に首元を触っていた。
いつもそこにあったはずの鉱石の存在がなくて、少しだけ涙が出た。




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