君にすべてを捧げよう
シャツにジーンズという服装に智が異論ばかりを唱えるので、家を出るのが遅れた。


「ワンピースなんてそうそう持ってないの!」

「じゃあ買うからー。ラベンダー色のミニワンピなんてどうだろう?」

「いりません!」


口論しながら玄関を出ると、池の畔に一人の女の人が立っていた。
アッシュブラウンのショートヘアに、大振りなピアス。
整いすぎた体をタイトなスーツに押し込んだその人は、数年ぶりでも後姿だけで、誰だかわかった。


「瑞穂、さん……」

「ん? ああ、久しぶりね、めぐるちゃん」


振り返ったその顔は、やっぱりその人で、変わらない美貌を誇っていた。
いや、洗練された分、美しさが増したかもしれない。
クリアジェルの乗った長くて細い指でタバコを挟み、グロスの塗られた唇から細く紫煙を吐く。

相変わらず、あたしの手の届かない大人の女だった。


「ええと、5年ぶりよね? 随分綺麗になってまあ、びっくりした」

「ありがとうございます。瑞穂さんは、昔と同じですね」

「あら本当? 随分年とったわよ、私」


ふふ、と愉快そうに笑う。


「そんなこと、ないです」



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