君にすべてを捧げよう
瞬く間に、ふた月が過ぎた。
やって来た梅雨は不快指数だけを上げて、夏へバトンタッチ。
蝉が合唱を始める季節が到来したが、それもようやく終盤が見え隠れし始めた。

あたしと智の仲は、驚くほど問題ない。
男性と付き合うことは初めてなのに、こんなにも上手く行くものかと思う。
他のスタッフに感付かれることもないし、けれど、順調に仲を深めて行っていた。

思うに、全て智のお蔭だと思う。
気負うこともなく、自然体でいられるのは智がそれとなくフォローしてくれたり、気遣ってくれるからだ。

そう言うと、智もまた「めぐるのお蔭だよ」と言ってくれるけれど。


「……あの。鏑木さん、いらっしゃいますか?」


ぽっかりと予約の空いた、平日の午後。
千佳ちゃんにカラー剤塗布のやり方を教えようと、馬渡くんの髪に薬剤を塗っている最中のことだった。
カランとドアが開けば、可愛らしい女の子が顔を覗かせた。
ふわふわの綿あめみたいな髪がよく似合ってるその子の顔には見覚えがあった。


「いらっしゃいませ。ご予約でしょうか?」


千佳ちゃんが駆け寄ると、女の子はふるふると首を横に振った。


「い、いえ……。あのさくらと言えば分かってもらえると思うので、その、呼んでもらえませんか?」


さくら。
聞いたことがある。
ああ、元カノだ。前に一度ここまで来たことがあったっけ。


「ちょっと待ってもらえますか? 今、裏にいますので呼んできます」


女の子がこうして智を呼び出すのは、もう何度もあったりする。
そのメインは告白。今回もまた、そうなのだろう。


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