君にすべてを捧げよう
タオルを干し終わり、パイプ椅子に座ったあたしは、ぼんやりと酢昆布を齧っていた。
次の予約の時間まで20分ほどある。もう少しこうしていても、問題ないはずだ。

忘れようと思っても、ふ、と瑞穂さんの話を思い出す。
あの話を聞いてからもう数日が過ぎたと言うのに、引きずりすぎだと自分で思う。
いい加減踏ん切りをつけなければ。


「ハイネ、ここにいたんだ」


ドアが開く音がしたと思えば、それは智だったらしい。
昆布を咥えたあたしを見て、ぷ、と笑う。


「相変わらずそれ食ってんの? すっかり忘れてた」

「太り気味なんで、ダイエットでも敢行しようかと思いまして。
どうかしました、鏑木さん?」


店内では、以前のままの態度だ。
ハイネ、鏑木さんと呼び合うし、あたしはきちんと敬語も使う。


「あのさ、今からオーナー来るんだよね。で、ちょっと外で話してくるから、店お願い」

「はあ、分かりました。鏑木さん、予約状況は?」

「一時間ちょい空いてるんだ。なので、いいかな?」

「いいですよー」


とは言え、どうかしたのだろうか。
オーナーは週に一度顔を見せるかどうかで、今週は既に一度来ていた。普段であれば、来るはずがない。
それに、わざわざ店の外に行ってまで話さないとといけないことって、なに?

疑問が顔に出ていたらしい。

ドアを閉め、誰も来ないことを確認した智は、「今晩話すから、アパートに来てくれる?」と言った。


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