君にすべてを捧げよう
一ヶ月というのは、瞬きをする間に過ぎた。
盛大な送別会をしてもらい、祝福されて、あたしは『寿退職』した。
あたしはやっぱり泣いたし、驚いたことに馬渡くんまで泣いた。


『ハイネさんの仕事、好きだったっす。これからも絶対好きです!』


嬉しくて、嬉しくて。
いつだったかの智はこんな気持ちだったのかなとか思った。

麻美さんも、オーナーも、みんな大好きだ。
あたしはあの店にいられたことを、ずっと忘れないと思う。



「――これ、お祝いよ。受け取って」

「ありがとう、つぐみ」


送別会の余韻がまだ残った、退職後三日目の昼下がり。
けんちゃんを連れたつぐみが、引っ越し前のあたしを訪ねてきてくれた。
お祝いと言って渡されたのは、あたしが以前から欲しがっていたジノリのティーカップのセットだった。


「結婚式、しないんでしょう? ご祝儀代が浮いた分、高いのにしてあげたわ」

「うわー、ありがとう」


結婚式の予定は今のところない。
店の改装に思いの外お金と手間暇がかかりそうなので、見送ったのだ。


「お店が軌道に乗ったら、海外にでも行って二人でこっそり挙げようかって言ってるの。その時はどこにでも連れて行ってくれるって言うし」

「うわー、羨ましい! でも、そんなこと言ってたらすぐに子供が出来ちゃって、行けなくなるのよー」

「ちょっと! そういう興が削がれるようなこと言わないでよ!」

「あはは、ごめーん」


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