君にすべてを捧げよう
結婚するという実感が、ゆっくりとだけど、湧く。

しかし、それは少し恐怖に似ていた。
漠然とした不安と、焦燥感。
平坦な道からふいにぬかるみに嵌ってしまったような戸惑い。

マリッジブルーというやつなのだろうか。
薄暗い思いは、ふ、と忍び込んできてはあたしの心を侵食する。


つぐみに言えば、笑い飛ばしてくれるだろう。


誰しもあることで、いざ結婚して見ればあっけないくらいに適応するものよ。なんて言って、それでも不安そうにすれば、肩を抱いて大丈夫と言ってくれるだろう。


でも、言い出せないのは、『それ』を感じ始めたのが、蓮が去って行った日から、だから。



あの晩のことを忘れようと、聞かなかったことにしようと、努力した。
蓮のいつもの気まぐれで、あたしを困らせようとした、それだけなのだと思おうとした。

でも、あの悲しそうな顔が、思い込ませてくれない。
あの言葉が、忘れさせてくれない。


心を支配して、あの晩に戻ったかのような錯覚を覚えることすらある。


引っ越してしまえば、智との新生活を始めてしまえば、結婚してしまえば、こんな迷いは消えるのだろうか。
蓮のことを思い出さず、過去の思い出に昇華できるのだろうか。


問答はいつも、答えが出ない。
それは不安や恐怖に変わって、心を苛む。



これがただのマリッジブルーであればいい。
だったらきっと、終わりはあるのだから。


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