君にすべてを捧げよう
「俺に、選ぶ権利を与えるなんてできない。俺だって、君が必要なんだ、めぐる」

「智……」

「隣で支えて欲しい。俺だけを見て欲しい。坂城さんを断って、俺の元に来てほしい。
権利を与えるなんて、できないよ。

だから、行くのなら、俺を自分勝手に捨てて行って」


智の顔つきが、変わった。
あたしを見据え、言い捨てる。


「権利なんて絶対与えない。そんなバカなことしない。だから、坂城さんを選びたいと言うのなら、俺を自分勝手な都合で捨てるんだ」


誰よりも尊敬する人。
誰よりも優しくて、穏やかで、守ってくれた人。
初めて、包まれることの安心感を教えてくれた人。

智はきっと、ずっとあたしを大切にしてくれただろう。
愛されていることの幸福感に満ちた、穏やかな日々を送らせてくれただろう。

こんな場面なのに、あたしに決別のきっかけを与えてくれるこの人は、
あたしが想像しているよりもっと深く、あたしを愛してくれていたのだ。


涙を拭いた。
正座して、智を見上げる。
ぎゅ、と智が目をつむるのが分かったけれど、その場に深く頭を下げた。



「蓮のところに、行かせてください……!」



「――分かった」


少しの間を置いて、智が答えた。
顔を上げて見れば、ふいと顔を逸らされた。


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