君にすべてを捧げよう
それから楽しく賑やかに食事をし、夜が更けた頃、すっかり親たちに潰されてしまった瑞穂さんをタクシーに乗せた。


「めぐるちゃんの花嫁姿、すっごく楽しみにしてるわ、私。幸せに、なってね」
「はい、ありがとうございます」


頬を赤くした瑞穂さんに、笑顔で答える。


「蓮。あんたはきちんとめぐるちゃんを幸せにするのよ。そのついでに、あんたも幸せになんなさい」
「早く帰れ」
「ふふ、言われなくっても帰るわよ。じゃあ、式でまたね。すみません、だしてください」


瑞穂さんを乗せたタクシーが見えなくなるまで見送った。


「うー、寒い。さ、家に戻ろうか」


夜は随分冷え込むようになってきた。
身震いをして踵を返すと、蓮があたしの手を包むように掴んだ。


「どうしたの? 蓮」
「酔ってるだろ。こけるぞ」
「酔ってるのは、蓮の方でしょ」
「うるさいな。じゃあ離す」


離そうとする蓮の手を、慌てて握り返した。


「うそうそ。つないで?」


これはきっと、蓮からの歩み寄りだ。
蓮なりの、気遣い。

仕方ないなあ、あたし。
これだけで、怒りがするすると影をひそめてしまうんだから。
と、蓮が足を止めて、空を仰いだ。


「……式の日は、晴れそうだな」
「……うん」


雲一つない澄んだ夜空には、幾つもの星が瞬いていた。
数日はいい天気が続くと、天気予報士のおじさんがテレビで言っていたから、きっと、快晴の中で式を迎えられるだろう。


「仕事も終わったし、心配事はもうないね」
「……ああ」


きゅ、と蓮の手に力が籠もる。
どうしたんだろうと見上げれば、蓮も、あたしを見下ろしていた。
繋いでいたあたしの左手を両手でとり、何も嵌っていない薬指にそっと指を這わす。


「どうかした? 蓮」
「明日で、間に合うか?」
「え?」
「指輪。マリッジより遅くなるかもしれないけど、いいか?」
「……行ってくれるの?」


驚いて訊くと、蓮は「最後の心配事だからな」と言った。


「仕事を優先して、めぐるに我慢させてばっかりだったのは、分かってたんだ。遅くなったのは、悪かった」
「ううん。ありがとう。あたしこそ、ごめんなさい」


嬉しくなって、微笑んだ。
蓮が、膨大な仕事を調整して、結婚式や旅行の日にちを確保したのを知らないわけじゃない。

と、蓮が指からあたしの顔へ、視線を流した。


「なに? 蓮」
「俺は、めぐるに気の利いたこととか言えない」
「うん」
「甘ったるい言葉とか、思いつかないわけじゃないが、間違っても自分の舌にはのせられん」
「うん、知ってるよ?」


ぷ、と吹き出した。
あの時は感情に任せていろいろ言ったが、蓮の口から、好きだの愛してるだのなんて言葉がそうそう零れるはずがないことくらい、分かっている。
反省してくれている上、指輪のことまで気を回してくれた。それだけでもう、充分だ。


「だから」
「ん? だから?」
「文字には、する。これから先、俺が書いていくそういう言葉は全部、めぐるにやるから」


ぼそりと言って、蓮は不機嫌そうにぷいと顔を横に向けた。


「愛してるって飽きるくらい書いてやる」
「蓮……」


胸が熱くなり、視界がぼんやりと滲む。


「ありがと……」


手の甲で目じりを拭えば、手首を掴まれる。


「めぐる」


近づいてくる、愛しい人の顔を、瞳の中に閉じ込めるように瞼の檻を下ろした。


                        【3】了

まだ続く、かもしれません
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