君にすべてを捧げよう
「ハイネ―、見て見て、鹿児島産黒豚!」

「あー、カゴに入れて置いて下さい」

「はいはい」


あれから、あたしは何故だか鏑木さんと一緒にスーパーに買出しに行くことになってしまった。
蓮に連れて行ってもらうはずだったのだが、編集さんから連絡が入り、原稿の手直し作業に入らないといけなくなったのだ。
夕食を共にするために必死でやる、と言うので、仕方なく鏑木さんに連れて行ってもらった次第だ(あたしの愛車はまだ帰って来ない。治療中である)。


「ハイネ―、鶏肉はどれ?」

「あ、これでいいです」


鏑木さんは、さっきのアレに関して何も言わない。
いつも通りの普段通りで、あたしに返事を求めることもない。

でも、冗談、じゃないんだよね、多分……。

唇を寄せられた耳朶にそっと触れる。
冗談で、あんなことしない、か。

本気って、言ってたし……。


『これは失礼』


蓮の声が蘇る。
蓮も、何も言わなかった。あたしが鏑木さんと買い物に行くときも、離れから顔も見せなかった。

蓮は、あたしのことなんて何とも思ってないんだろう。
だから、アレだって何とも思ってなくて、彼氏ができたのか程度の感覚しかないのだ。


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