君にすべてを捧げよう
あれは、蓮が24歳のことだった。
蓮の発表した作品の一つが、著名な文学賞を受賞した。

胸の芯をえぐり取られるような、ページを捲るごとに痛みを覚える鮮烈な恋愛小説で、それは瞬く間に人気を博し、ベストセラーとなった。
当時の人気俳優主演で映像化も果たし、蓮は一躍時の人となった。

容姿の良さも話題になり、ファンの数も相当数いた。
元々調子がよく、女の人に甘かった蓮は、そのせいで女遊びが激しくなった。
週刊誌に、人気作家の熱い夜、なんて写真が載ることもままあり、あたしは遠く離れていく蓮を想って泣いてばかりだった。


しかし、蓮の横には相変わらず一人の女性がいた。


『めぐるちゃん、こんにちは。ゼリー食べない? 私、買ってきたのよ』


気まぐれで我が家にやって来る蓮は、よく彼女を連れてきた。
蓮は、我が家を第二の実家、あたしの母を第二の母と考えているフシがあって、実家に彼女を連れ帰る感覚で、彼女――美恵さんを伴って来るのだ。

美恵さんはそれに異を唱えるでもなく、いつもにこにこと笑みを湛えてついてきていた。

美恵さんは穏やかに微笑む、控えめで清楚な人だった。
いつも品の良いワンピースを着ており、化粧もうっすら色づく程度。髪はくるりとお団子にしていて、それがよく似合っていた。
蓮の彼女でなければ、あたしは彼女が大好きになっていたと思う。


『めぐるちゃん、びわと梅どっちがいい? びわが人気だって聞いたんだけど』

『いらない』


しかし実際は、あたしは美恵さんに対して辛辣に当たっていた。
初対面の時、蓮は美恵さんにあたしのことを『妹みたいな子』と紹介した。美恵さんはその言葉通り、あたしを蓮の妹として接してくれるのだが、それが腹ただしくてどうしようもなかった。

妹じゃない。
あたしは妹として蓮が好きなんじゃない。
一人の男性として、心から想ってる。
あんたなんかよりもずっと、もっと長く。


< 88 / 262 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop