鬼灯ノ夜叉
一章
棄てられた愛
『愛してあげられなくて、ごめんね』
そう言って母は僕を棄てた。
鬼灯が色鮮やかな初夏のことだった。
薄汚れたぴんくのワンピースに小さなリュックサックを背負って歩く僕は五歳。
置かれた状況も連れて来られた建物の名前も知らなかった僕は、ヒラヒラ風に揺れるぴんくが欝陶しかったのを覚えている。
今まで履いたことなどなかったスカートをとにかく早く脱ぎたくて仕方がなくて。
めったに触れたことがなかった母の手が離れていくことにすら気づかなかった。
振り向いた時には誰もいなくて。
残ったのはアスフォルトから立ち上る熱気と虫の声だけ。
黄色いエプロンを着けた優しそうな女の人が建物からパタパタ駆けてきた。
そして母の代わりに言うのだ。
「はじめまして。…そして、おかえりなさい。北杜結希【キタモリ ユキ】ちゃん」
「ちゃん?僕、男の子だよ?」
「それは…。そうね。今はそれでいい。とにかく中に入りましょう」
慈愛に満ちた頬笑みも、繋いだ手も母のそれより暖かかった。