瞬きさえも忘れていた。
学生の頃は、ドラマなんかで良くあるオフィスラブに憧れていて。


スーツをパリッと華麗に着こなすデキる男風素敵男性と出会い、恋に落ち、結婚。そんな誰もが夢見るゴールをいつか私も、なんて身の程知らずな理想を抱いていた。



だがしかし、現実はそんなに甘くない。



就職した先は一応オフィスだったのだけど、男性陣はオジサンばかり。中には遥か昔、格好良かった人も居るのかもだけど、今はそんなの面影すらない。



けれど、ここに居た。


それはダイアモンドみたいな華々しい輝きこそないけれど、例えるなら、鈍く光る深緑の翡翠。



あの日、心を奪われた瞬間から――

彼が、私の理想になった。



工場の事務員で良かった、と。今では心の底からそう思う。


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