瞬きさえも忘れていた。
岩本さんが日勤の週の金曜は、仕事帰りに社宅へ寄るのが当たり前になった頃。
肌にヒヤリと触れる空気が秋の訪れを告げる。
岩本さんの細いけど逞しい腕にお目に掛かる機会が減るなぁって。呑気な私は、そんなちっぽけなことを酷く残念に思ったりしていた。
私たちの噂は、じわりじわりと社内に浸透していった。ごくたまに「つき合ってんの?」なんて無遠慮な質問を面と向かって投げて来る社員もいたりして。
つき合っている訳ではないから、本当に困る。
でも岩本さんは、別に隠す必要ないんじゃない? って言ってくれているから。
その度に私は、
「つき合ってはないけど、大好きです」
と答えた。
岩本さんのことを心から愛し、そして岩本さんも心から愛してくれていることがすごく誇らしくて、それは自然に笑みが溢れてしまう瞬間だった。