瞬きさえも忘れていた。
金曜日。いつものごとく岩本さんと共に社宅へ向かった。
コンクリートの階段を上っている途中、背の高い岩本さんが私より先に二階通路を視界に留めた。
岩本さんより背が低い上に一段遅れて上っていた私は、まだ通路に何があるのかわからなくて。
ただ、岩本さんの横顔が一瞬にして蒼ざめるのを偶然だけど目撃してしまい、正体不明の胸騒ぎを覚えた。
「達志(たつし)!」
岩本さんの名を呼ぶ女性の声が高らかに響く。
繋いでいた手が、どちらからともなく自然に解けた。
岩本さんは階段を上り切ったところで足を止めた。
それから少し遅れて私も上り切ったけど、それは見知らぬ女性が二階の通路を駆けて来るのとほぼ同時で。
直感で彼女が元カノだと気付いた私は、咄嗟に三階へ続く階段に踏み込もうとしたけど、すかさず彼女に声を掛けられ渋々立ち止まった。