瞬きさえも忘れていた。
岩本さんがそっと扉を開ける。

途端、足が竦んで動けなくなった。



大丈夫って笑ったくせに、大丈夫じゃなくなった。



この中に、私なんかとは比べものにならないほどの長い月日を、岩本さんと共有した女(ひと)がいる。

岩本さんが全力で愛情を注いだ女が……。


そう思ったら、急に怖くなった。



岩本さんは、そんな私の腰にそっと腕を回して中へと導く。



彼の優しく労わるような行為に、抗うことなんかできるはずもなく。

意を決して靴を脱ぎ、ダイニングへと足を踏み入れた。



私の先をゆく岩本さんは、躊躇うことなく奥へ進む。その背中は窓際まで行き、そしてピタリと静止した。



彼女は――陽奈乃さんは、ベランダに立って手すり越しに外を眺めていた。


開けっ放しになっていた窓の枠に手を添えて、

「陽奈乃?」

岩本さんは静かな声音で呼びかけた。


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