瞬きさえも忘れていた。
ははっと。乾いた笑い声を短く漏らした岩本さんは、

「そうなんだ。でも俺の周りには、そんな不運なヤツ、一人もいない」

苦笑を浮かべたまま呟いた。



「おめでたいことを『不運』なんて言ったらダメですよ」


「避妊してたのに妊娠した。それがめでたい?」


ちょうど赤信号に引っ掛かって、車を停止させた岩本さんはこちらを向く。


私に注がれた熱い眼差しは、その問いへの答えを求めている。



返す言葉が見付からない。今、言うべき言葉が何なのかわからない。


ただ、岩本さんの悲痛なほど切なげな視線を、受け止め続けることしかできなかった。



「彼女のことを大切に思うから避妊してたのに、失敗した。これのどこがめでたいの?」


ほんの少し苛立ちを含んだ語調に、心をえぐられた気がした。



岩本さんはハッと何かに気付いた顔をして、慌てて私の前髪をくしゃりと撫でた。


「ごめん、こんなの八つ当たりだな、ごめん」

そう言ったと同時に、信号が青に変わる。


私の頭の上にのせられた彼の左手はハラリと離れ、そうしてハンドルへと戻った。


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