瞬きさえも忘れていた。
嘘
その後の日々は案外穏やかで。
どんなに想っても報われない恋だと自覚しているから、『諦め』という無気力感が絶望を和らげてくれる。
お互いに幸せになると虚偽の誓いを交わしてから一ヶ月。
ある意味、私は幸せかもしれない。
どうにもならない理由があるから――
――幸せかもしれない。
10月に入って街路樹は赤や黄色に染まり、澄んだ空気も風も心地良い。
過ごしやすい季節になったなぁ、なんて。秋の訪れを嬉しく思ったり。
そんなある日。
お昼休憩の時間になり、事務所職員は食堂へと出払った直後。
私もお弁当を持って、パートの奥さまたちと一緒に、二階の会議室へ行こうと階段を上りかけた時、引き返してきた吉田さんに呼び止められた。
振り返れば、
「梨乃ちゃん、お客さん」
立てた人差し指を肩の上で背後に向けて、吉田さんは事務所の外を指差した。