瞬きさえも忘れていた。
どうぞ、と入口奥の通路に向かって手を差し伸べれば、

「ここでいい」

と。間髪入れず答えた彼女の顔からは、もう先ほどの笑みはすっかり消え失せていて。


それが作られたものだったと思い知る。



「あなた、達志と会ってるでしょ?」

唐突に開かれた口から飛び出したのは、言われのない苦情染みた問い。


訳が分からず呆然としてしまう。

彼女の憎しみの籠った眼差しを、ただ見詰め返すことしかできなかった。



「答えてよ。どうなの?」


「同じ職場だから、顔を合わせることはありますけど」


「とぼけないでよ! 私が気付いてないとでも思ってんの?」


「気付くも何も……。ここ以外で会うなんてこと、一切ないし。というか、そんなの有り得ない」


「嘘つきっ! 一緒に暮らしてるのに、傍にいるのに、達志、一度も私を抱かないの。

おかしいじゃない。未だにあなたと会ってるからでしょ? 会って、そういうことしてんでしょ?」


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