瞬きさえも忘れていた。
ほんの少しだけ後悔した。



でも彼女に同情したわけじゃない。申し訳ないとも思わない。

意地の悪いことを言う醜い自分に嫌気がさしただけ。



「酷いこと言って、ごめんなさい。

岩本さんはそんな人じゃない。それはあなただって、よーくわかってるはずですよね? だから、あなたが心配してるようなことは絶対に有り得ない」


「うん、わかってる」


すぐにそう返し、彼女は慌ただしく濡れた頬を両手で拭った。



「妊娠すると、心が不安定になるらしいから」


彼女に優しい言葉をかけるのは、岩本さんのため。



「あなたのご両親が承諾するのも、時間の問題だと思います」


岩本さんの幸せは願えても、彼女の幸せは願えない矛盾をうやむやにするため。



「だって……お腹の子の父親は岩本さんなんですから」


自分の汚い感情を隠すため。



「ふふっ……」

俯いたままの陽奈乃さんの口から漏れ出た、笑い声に似た何か。


まさか、と。自分の耳を疑った。


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