瞬きさえも忘れていた。
「そっ? お前の方は話すことないの? だったらいいよな? もう行っても」

やけに落ち着いた口調で言って、岩本さんは踵を返して甲本さんに背を向けた。


そうして、「行こ?」と、今度は隣の私を見下ろして、穏やかに微笑んだ。



そっと背中を押され、促されるまま一歩を踏み出す。



「待てって。てめぇら、どこまで俺をコケにすりゃ気が済むんだよ?」


甲本さんの苛立たしげな声が、歩き出した私たちを引き留めようとする。



『こっちは話なんかねぇ』って言ったくせに……。自分の言葉が矛盾していることに気付かないんだろうか。


けれどそれは予想通りの反応でもあった。



バカみたい。

こんな人を相手にすること自体、バカらしい。



なのに岩本さんの足が止まりそうになるから、慌ててその腕を掬い取って強引に歩を進めた。


岩本さんは不思議そうな顔で隣の私を見下げる。私は何も言わずにただ、小さく首を左右に振った。


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