瞬きさえも忘れていた。
「お前がここを辞めようが続けようが、そんなもん、俺にとっちゃどうでもいんだよ。未練たらたらの粘着質な元カレが居なくなりゃ、くどき易くはなるけどな。

遅かれ早かれ、その女は俺のもんになる。カッコつけて潔く去ったって、結果は変えらんねぇよ。後で泣くんじゃねぇぞ? チキン野郎」



無視しようって決めたのに……。

くだらない言葉をつらつらと並べる甲本さんに、我慢ができなくなった。



「勝手なことばっかり言わないで!」

勢いよく振り返れば、すかさず岩本さんが目の前に立ち塞がった。その背中で、甲本さんの姿は視界から消える。



「岩本さん、どいてください。あの人、ひっどい勘違いしてるみたいだから、教えてあげなきゃ。だからどいて」

言いながら岩本さんを押し退けようとしたら、後ろ手に抱きしめられた。


身動きとれなくなるほどの力じゃないのに、どうしてだか身体の自由が利かなくなった。



「彼女をくどこうが何しようがお前の勝手だ。好きにしろよ。けど――

一度ついたイメージって、そう簡単には変えらんないよな?」


子どもを優しく諭すように、岩本さんは穏やかな口調で言った。


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