瞬きさえも忘れていた。
部屋のドアを開けると、樽井さんが弾丸のような速さで、私たちの元へと走って来た。
「鳴瀬さん、お帰り」
戸惑いながらもそう口にして、彼女は遠慮がちに微笑んだ。
甲本さんの部屋がある三階の通路に、突如現れた岩本さん。ついさっきまで、偶然にしては出来過ぎていると、気持ち悪い違和感にモヤモヤしていた。
けれど、そんな樽井さんの姿を見て、彼女が岩本さんに伝えてくれたんだと確信した。
樽井さんと、ちゃんと話さなきゃ。
理由も目的も曖昧なまま、そんな風に思った。
でもそれよりもまず先に、私にはやらなきゃいけないことがある。
岩本さんにお礼を言って、そして――
『さよなら』しないと。
私は無事に、ここへ帰って来ることができた。
だからもう、岩本さんが私の傍に居る理由はない訳で……。
背後に立つ岩本さんを振り返って、向き合うように立った。
「岩本さん、ありがとうございました」
ペコンと軽く頭を下げて言い、「おやすみなさい」と続けて全力で笑って見せた。