瞬きさえも忘れていた。
パタン、と。

扉が閉まって、たちまち冷たい静寂に包まれた。



目の前には愛しい人の背中。


岩本さんはゆるゆると振り返って、私の方へ向き直った。



途端、二人きりだということを意識し始めて、心臓がばくばくと早鐘を打つ。


燃えているんじゃないかと錯覚するほど熱を帯びた顔。無意識にそれを隠そうとして、自分の頬を両手で覆った。


それでも視線は岩本さんから逸らせずにいた。


瞬きさえも忘れるほどに、美麗で魅惑的な顔。

その瞳は引き摺りこまれそうなほどに黒く、深い輝きを放っている。


ふっと、その口が割れて薄く開かれた。そんな些細な動きにも、私の身体は反応してビクンと跳ねた。



「樽井さんはああ言ってるけど……俺は本当に、梨乃の傍に居ていいのかな?」


「いいんじゃないですか? せっかくだから、居てください」


軽口を叩いて笑い飛ばして。それでも切なる願いはたっぷり籠めて。



「俺の理性が欲望に負けたらどうすんの?」


「それはそれで嬉しいですけど。でもそんなこと、絶対に有り得ませんから。岩本さんはそんな人じゃないです」


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