瞬きさえも忘れていた。
「違います。違うんです」

ぶんぶんと、首を思いっ切り左右に振って否定した。


「何が違うの?」

そう聞かれても、何が違うのか自分でもわからなかった。



「梨乃ちゃん……」

躊躇いがちな細い声で名を呼ばれ、そちらに視線をやれば――


いつの間にか、池田さんのすぐ背後に陽奈乃さんが居た。

どうしたらいいかわからない、そんな不安げな面持ちで立ち尽くしている彼女。



こうして間近で見てもやっぱり、私が知っている陽奈乃さんとは印象が全然違う。

平気で嘘を吐いたり、私に散々酷いことを言った彼女は、もうそこには居なかった。



溢れんばかりの愛に包まれた彼女は、目を見張るほどに美しく。


だから余計に、自分のことが哀れに思えて、その惨めさに泣きたくなった。



「来てくれたんだ、ありがとう」

ぎこちなく微笑んで、けれど陽奈乃さんは、とても大切そうに礼を口にする。



それは、幸せな人の余裕ですか?

不幸な私を見下しているんですか?


招かれざる客に対しても、花嫁がそう言うしかないことぐらいわかっているはずなのに、胸の奥から込み上げて来るのは、どす黒くて汚い激情。



胸に抱いていた花束を右手で掴んで、それを頭上に振り上げた。


「君、やめ……」

池田さんの叫び声が聞こえた気がしたけど、気が狂いそうなほどの嫉妬心を、どうにも鎮めることができなかった。



陽奈乃さんは逃げることも、腕で自分を庇うことすらせず、ただ――

――静かに瞼を閉じた。


< 239 / 255 >

この作品をシェア

pagetop