瞬きさえも忘れていた。
私に向けられた真剣な眼差しは、嘘偽りのない真実を求めている、そう感じた。



「わかりません。私が大好きな人の傍にいた時、彼は私だけを見てくれていたから。だから、わかりません。でもそれは、本当に短い間でしたけど」


光のように温かく私を包んで、そして風のようにするりと通り過ぎて行ったあの人。


思い出すだけで、切なくて愛しくて胸が熱くなる。そんな掛け替えのない時間(とき)をくれたのは、他の誰でもなく岩本さんだった。



「ごめんなさい。あなたから達志を奪って、ごめんなさい」

言って陽奈乃さんは、苦しそうに嗚咽を吐き出した。


「でも、あの時達志が傍に居てくれたから……私はこうして、一歩前へ踏み出すことができた。今の私があるのは――

――達志とあなたのお陰……」


ありがとう、と続けて陽奈乃さんは鼻をすすった。



「うん。だったら良かった。これで良かったんです。これがきっと、岩本さんが望んだ結果です」



岩本さんは優しくて弱い。誰かが傷付けば、自分はそれ以上に苦しんで。


でも苦悩しながらも一生懸命考えて、考え抜いた上で決断をくだせる強さも持っていた。



陽奈乃さんが、戸惑いながらもこぼした笑みを見て、これで良かったんだと心の底から思った。


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