瞬きさえも忘れていた。
「お疲れさまです」


いつもの挨拶を口にし、フリーターの増田くんと一緒に厨房を出ようとした時、

「増田ぁー、来月の休みの希望、まだ出てないけど? もうシフト組んでいいかぁ?」

店長が増田くんを呼び止めた。



「あー、ちょっ、もうちょと待ってください。明日! 明日、絶対出します」

増田くんは何故だか、あたふたと落ち着きなく答える。



「何の用事があんだよ? フリーターがよー」


店長が毒を吐くのはいつものことだった。従業員はもう慣れっこで、みんな当たり前のように聞き流す。



当の本人、増田くんでさえ、

「すいませーん。明日出すんでー、お願いしまーす」

間延びした返事で適当に謝って、平然とロッカールームへ向かう。



何となく隣を歩いていた私に、「ねぇ、鳴瀬さん」と。増田くんが急に話し掛けてくるもんだから、びっくりして身体が跳ねた。



「何?」


「来月、一日でいいんで休み合わせません?」


「どうして?」


「どうしてって……」


私からすーっと逸らした視線は、斜め上方へ。増田くんは、わざとらしく何か考えているような仕草を見せた。


何も考えていないくせに、と思う。


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