瞬きさえも忘れていた。
「特に……何もないですけど」


用事があると言えば、取り敢えず今、この窮地は回避できるけど。でもそんなの一時しのぎに過ぎないし。



「じゃあ、決まり! 明日仕事終わったら、駐車場で待ってて」

言って甲本さんは、道路挟んで向かいにある社員用駐車場を目線だけで指した。



「車……ですか?」


「じゃあ、何で移動すんだよ?」


甲本さんはおどけたように言って笑った。



確かに。でも、車に二人きりとか、なんか嫌だ。



と、奥の方から工場に沿って歩いて来る人影が視界に入る。それは、この場面を一番見られたくない人だった。


濃いベージュの細身のチノパンに、アイボリーの無地のTシャツ。半袖から覗く、細いけど筋張った男らしい腕に視線が釘付けになった。



岩本さんの私服姿って初めて見る。スタイルがいいから何を着ても雰囲気があると言うか……。とにかく素敵。


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