瞬きさえも忘れていた。
「どこでもいいから降ろしてください。駅まで歩きますから」


ここは職場からそんなに遠くないはず。いつもより15分ぐらい余分に歩けば、きっと駅に着く。



「こっからだと結構あるよ? だし、家まで送るって、もちろん」


こっちは至って本気なのに、何故だか甲本さんはおかしそうに笑うばっかりで、ちっとも取り合ってくれなかった。



そして、


「お腹も膨れたし――

ちょっと休まない?」


そう言って一瞬だけ艶やかに私を流し見て、ハンドルを左に切った。



そうして背の高い建物の中に車を乗り入れた。


帰してもらうことに必死で、建物全体をはっきりとは見ていなかったけど、そこは紛れもなくラブホテルの駐車場だった。

そんなの、いくらバカな私でもわかる。



「何考えてんですか? こんな、会社のすぐ近く……。ちがっ、そういう問題じゃなくて……」


焦燥しきって、あたふたと訳のわからないことを口走った。


< 56 / 255 >

この作品をシェア

pagetop