禍津姫戦記
 十六でワザヲギの神をまつる神司(かんづかさ)となった伊夜彦は、代々受け継がれてきた神代文字でしるされた神示とそれを解析した膨大な神書に、火を放つことをすこしも躊躇しなかった。

(神門の秘密はわれらワザヲギの民だけのもの。モモソヒメの手に渡すことはできぬ)

 あるいは伊夜彦はこの日が近いことを、あらかじめ神託によって知り得ていたのかもしれぬ。だがまだ十三の姫夜には、そんなことにまで思いを巡らすゆとりはなかった。
 兄の袖にすがったまま、大きな瞳を見開いて石室へと不安げな視線を投げた。
 伊夜彦は東の空をみやった。

「もうすぐ夜が明ける。ぐずぐずしていれば屍体の数が足りぬことに気づいたものが追っ手をかけるやもしれぬ。神門を開く神呪はおぼえているな?」

「はい。では神門から跳べ、と」

「そうだ。助かる道はこれしかない」
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