溺愛MOON
光の群集はもう形をなしてはいないけれど、まだ波間に漂っている。

光から離れて、真っ暗な人影はやがてざぶざぶと歩いて私のいる浜辺へと上がってきた。


私はビールの缶を胸の前で握り締めて、その人が姿を現すのを、呼吸も忘れてただ待っていた。


不思議と怖いとは思わなかった。

お化け、とも思わなかった。


ただそれは普通の人間とは思えなくて――、

人魚姫が沖に上がって来たのかと思ってしまった。


でも砂浜をずぶぬれで歩くその人影は、

華奢だとはいえ、どう見ても男の人だった。


彼は私から数メートル離れたところで立ち止まり、天を仰いでブルブルっと頭を振って滴を飛ばした。


……犬みたい。
< 12 / 147 >

この作品をシェア

pagetop