溺愛MOON
「吉井です。こんばんは」


挨拶をしながら和室に入ると、高橋さんは顔を見てやっと私だと認識したみたいで、「あぁ、あんたか」と言った。


「お婆ちゃん、足怪我しちゃったんだって? 大丈夫? 何か手伝うことない?」 

「ろくに動けんわー。食事もみーんな近所さんが運んでくれるから助かるけどなぁ。だけど、干物が売れないで困ってるんだわ」

「へ? 干物?」


確かに高橋さんは干物を売り歩いて生計を立てている。

けれどそのことを相談されるとは思わなかった私は間抜けな声を上げた。


そして次の日から私は観光案内所で干物を売る羽目になった。

本当は業務中にこんなことをしちゃいけないんだろうけど、ユルい島の人達は誰も文句を言わないし、意外に帰りの船客の人達が買って行ってくれた。


私は仕事帰りに高橋さんのところに寄って、家事を手伝ったり干物を干す準備を手伝ったりするのが日課になった。

高橋さんはひとり暮らしだからか、私が来ると堰を切ったようにおしゃべりが止まらなかった。


亡くなったご主人のこと。島にお嫁に来た日のこと。

私はたくさんの思い出話と共に、島で生きる人生を深く考えさせられた。
< 94 / 147 >

この作品をシェア

pagetop