ソラナミダ




博信は…



慌てた余りに、会社に忘れ物をしたと言って…



部屋を出て行った。




去り際に…




「…博信!」



私は一度呼び止めた。



「…ありがとう。」




博信はちょっと間抜けた顔で私を見たのち…
いつもの整った顔つきに戻って、



私に…キスをした。








昨夜…



私が誰かに盗られるのではないかと、大いに焦ったのだと…


だから、慌てて会社を出たのだと…



彼は言って、そして笑った。







残された私は…


まさに、骨抜き状態だった。




玄関のドアに寄り掛かって。



それから……



へなへなと座り込む。




途端に……




名残惜しい気がしてやまなくなった。






私は急いで玄関の外に出ると……




彼の姿を探した。




辛うじて見てとれた博信の背中……。





「……バイバイ!…またね!」




博信は振り返って手を振る。




まさに……



幸せの、絶頂だった。








彼を見送り…



私は、くるりと踵を返す。





「………。」




同時に……




隣りの部屋が、目に入った。





「…晴海くん………。」





クリスマスの約束……。




私は…



いとも簡単に破ってしまっていたのだ。




彼の部屋の前まで…、

足を進める。




部屋を目の前に…
足がすくんだ。




言いようのない罪悪感…。





彼の部屋からはもの音ひとつ聞こえることはなく…、


寝ているのか、それとも仕事へ行ったのか…



知る術はなかった。



私はただの隣人で、
ひょんなことから友達になった。


…それだけのこと。







< 94 / 335 >

この作品をシェア

pagetop