恋なんてミステリアス
「お帰り。遅かったねえ」「ちょっと飛行機のほうが遅れちゃって」
「今、玄関前の車を停める所の一番右端に居るからすぐにおいで」
 少し慌てているような様子だったのでエスカレーターは使わずに階段を急いで駆け降りた。
 出入口の自動ドアが開いた。 
「うわあ、寒いなあ」
 真理恵は、久々に吸う故郷の空気の匂いに浸りたかったが、今はそうもいかない事態だ。早急に母が待つ場所に走って行かなくてはならない。真理恵は、遠くに見える阿蘇山の姿に一度目を向けると、ビルから吐き出される人混みを器用にすり抜けながら走った。

 いっぱいに並んだ車の最後尾にシルバーの軽自動車が見えた。あれから買い換えしてなければ多分あれだろうが、早合点でドアでも開けようものなら大恥をかいてしまうことになってしまう。真理恵は、横目で運転席の顔を確認しながら一度通り過ぎようと考えた。「あんた。何してるの」
 窓ガラスが降りて中から母の声が聞こえた。 
「あっ、ここに居たの?」 一応、全く気付かなかった素振りで返事したが、母は、 
「さっきからこっちを見てたじゃないのよ。いいから早く乗りなさい」 
 そう言うと、すぐに窓ガラスを上げた。私は後部ドアを開けて荷物を放り込むと、改めて助手席のドアを引いてシートに滑り込んだ。
 懐かしい横顔だ。もう十年も見てないような気がするのは何故だろう。白髪も結構増えたみたいで、何だか老けたような気がする。 母は、そんな事など気に留めることもなく発車した。 
「そんなに慌てて何かあったの?」
 真理恵は心配になった。「あったも何も、さっき、お巡りさんから怒られたんだよ」
「え?どうして怒られないといけないの?何かやったの?」
「何もやりゃあしないわよ。するわけ無いじゃないの」  
「だったら何?」
「乗り降りする場所に長く車を停めるなだってさ」
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