恋なんてミステリアス
 季節も春に変わろうかというある土曜日のお昼、私は珍しく外食をしようと思った。 この場所に引っ越して来て、まだ一度も足を踏み入れた事の無い近所の回転寿司。若い女が一人でカウンターに並び、回ってくる寿司を無言で摘む。真理恵にはそれが現実的なイメージとして成り立たなかったが、何故だか今は、見知らぬ人達の中に溶け込んだ空気みたいな存在で寿司を食べたくなった。以前、都会と言えばお洒落なレストラン、という感覚は既に消えて無くなり、現実的なものにだけ興味が沸いてしまう。それは、恋愛に対しても同様であるのかも知れない。 
 店の自動ドアが開くとまだ若い女性の店員が何名様ですかと聞いてきた。真理恵は、目を合わせずに一人だと答えた。それには、女が一人で来るのは悪いのかという意味も込められていたことを店員は知る由もなかった。お一人様でしたらどうぞという言葉に案内された場所はカウンターの一番奥の席であった。椅子に座る前に視界に入った目の前のトイレの看板。真理恵は、気にするなと自分に言い聞かせて腰を下ろした。 回ってくる寿司を二皿摘んだ後、モニターでサーモンの炙りを注文した。真理恵は、それが届くまでの間、ゆったりとお茶を飲みながら過ごし、周囲を観察した。しかし、予想は裏切られず、一人だけの女性と言えばオバサンと呼ばれる人だけであった。 
「こちらへどうぞ」
 不意に隣で声がした。真理恵は、隣が空き席だということで少しながらの解放感を得ていたが、それもたった今、店員に取り上げられてしまった。真理恵は、隣に座った客をチラ見した。年齢は同じか少し上だろうか。白地にチェックのシャツのその男は物静かでク―ルな雰囲気を持った、所謂、草食系と呼ばれそうな男であった。
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