恋なんてミステリアス
 真理恵が炙りを平らげた頃、男の手が止まっていることに気付いた。 
「どうかされたんですか?」
 真理恵は聞いた。 
「いえ、ちょっと知り合いが病気で倒れて大事になりそうなので、それでボーっとしてたみたいです。すみません」 
 男は頭を下げ、謝った。真理恵は慌てた。
「いいえ、こちらこそゴメンなさい。知らなかったから」
 男は無表情のまま話を続けた。誰でも良い。誰でも良いから話を聞いてくれたら。そんな感じであった。「急だったみたいなんですよね。仕事から帰宅してる時に倒れてしまうなんて。僕が病院に行った時には既に手術が始まってて、それも夜中まで続いたから僕はずっと廊下で待ってたんですけど、手術が終わって出て来たと思ったらずっと意識が戻らないままで。それで手を握ったまま夜を越して今まで....でも、まだ目も開けてくれないんです」
「そうなんですか。大変な状況なんですね。病院では家族の方と一緒に?」
「いいえ。あいつの実家は九州なんですよ。連絡では、夕方までにはこっちに着けるって」
 真理恵は他人事ながら悲しくなった。もしも、私がこの大都会で倒れたりしたら、いったい誰が看病してくれるのだろうか。両親はすぐに駆け付けてくれるのだろうか。
「家族の方がみえるまで、私、何かお手伝いしましょうか。私の実家も九州なんです。ですから、話し相手でも何でも良いですから、お手伝いさせて下さい」
 感情の勢いは怖い。私は何を言ってるんだろうと思った。 
 男は、断らなかった。恐らく、見た目よりも相当参ってるようで、寿司を摘む手も一向に動く気配すらない。
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