秘書の私、医者の彼
走れる所はできるだけ走った。そのせいで靴擦れしたが、バンドエイドを貼ればすぐに済む。
河野は1分でも早く家に帰ろうと、息を切らせながらマンションへ入り、ロビーを抜ける。エレベーターに乗って、20階まではすぐ。
そこで一息整え、出てからまた走る。
まさか、玄関を開けたら血まみれだとか、そんなこと、あるはずがない。
「わあ!!」
考え事をしていたせいで、角の先に人が現れたことに相当驚き、声を上げてしまう。
河野は慌てて「すみません!!」と言い直した。
「こんにちは」
話しかけられて、驚いて見上げる。
茶色い長い前髪が印象的で、その間から見える眼はとても理知的だ。細身で色が白く着ているグレーのスーツは何故か高級な感じがした。
「私は桜美院病院外科部長の 榊久司と申します。斉藤君の上司として今日は自宅にお伺いしたのですが」
「…………」
まるで夢でも見ているのではないかと錯覚されられるほどの衝撃だった。上司が自宅に訪ねて来るって……まさか、やっぱり……。
「数日間連絡がとれなくて、困っていたのです。自宅にはいらっしゃいますか?」
「えっ、……ええ。今朝は会いました。居ました。けど、私もなんだか様子がおかしかったので、心配して……今も早く帰って来たんです」
榊医師はさらりと髪の毛を払うと、整った顔立ちを見せつけるかのように強調し、
「中に入りましょうか。電話には出ません。まさか、何もないとは思いますが」
と続けた。
食い入るように見つめられる。その、意味は、河野にではない斉藤への想いだというのにまるで勘違いしてしまいそうになる。それくらい、魅惑的な眼差しだった。
「あっ……ええ、はい。そうですね」
無駄な雑念を完全に排除するように、キーを解除し、ドアノブを引いて中へ入る。
「斉藤さーん!!」
玄関で叫びながら靴を脱ぎ、中へ進んだ。
リビングにはいない。
風呂に入っている気配もしないし、自室の可能性が高い。
「お邪魔します」
後ろから榊医師もついて入って来た。
河野は思い切って自室のドアを二度ノックし、声を上げる。
「斉藤さん、あの、病院の方が来られてます!!」
これで物音がしなかったら強引に入り込むつもりだったが、すぐに足音が聞こえ、内側からドアが開いた。
「声で……け……」
「何度も電話したんだけど?」
榊医師はまるでモデルのようにスマートに立ちポーズをキメると、またさらりと髪の毛を払った。
「あぁ……」
対照的にボサボサの髪の毛で髭も生えた斉藤は、まるで別人のように小さく返事をした。
上司の手前、バツが悪いのだろうが、河野としてもフォローの仕様がないなと思っていると、斉藤は、小さな声で「兄さんが」と発した。
「一郎さんが?」
俯ききった斉藤からは何も読み取れそうになかったので、榊医師を見たが、こちらもその表情からは何も読み取れない。
「……死んだ」
河野は1分でも早く家に帰ろうと、息を切らせながらマンションへ入り、ロビーを抜ける。エレベーターに乗って、20階まではすぐ。
そこで一息整え、出てからまた走る。
まさか、玄関を開けたら血まみれだとか、そんなこと、あるはずがない。
「わあ!!」
考え事をしていたせいで、角の先に人が現れたことに相当驚き、声を上げてしまう。
河野は慌てて「すみません!!」と言い直した。
「こんにちは」
話しかけられて、驚いて見上げる。
茶色い長い前髪が印象的で、その間から見える眼はとても理知的だ。細身で色が白く着ているグレーのスーツは何故か高級な感じがした。
「私は桜美院病院外科部長の 榊久司と申します。斉藤君の上司として今日は自宅にお伺いしたのですが」
「…………」
まるで夢でも見ているのではないかと錯覚されられるほどの衝撃だった。上司が自宅に訪ねて来るって……まさか、やっぱり……。
「数日間連絡がとれなくて、困っていたのです。自宅にはいらっしゃいますか?」
「えっ、……ええ。今朝は会いました。居ました。けど、私もなんだか様子がおかしかったので、心配して……今も早く帰って来たんです」
榊医師はさらりと髪の毛を払うと、整った顔立ちを見せつけるかのように強調し、
「中に入りましょうか。電話には出ません。まさか、何もないとは思いますが」
と続けた。
食い入るように見つめられる。その、意味は、河野にではない斉藤への想いだというのにまるで勘違いしてしまいそうになる。それくらい、魅惑的な眼差しだった。
「あっ……ええ、はい。そうですね」
無駄な雑念を完全に排除するように、キーを解除し、ドアノブを引いて中へ入る。
「斉藤さーん!!」
玄関で叫びながら靴を脱ぎ、中へ進んだ。
リビングにはいない。
風呂に入っている気配もしないし、自室の可能性が高い。
「お邪魔します」
後ろから榊医師もついて入って来た。
河野は思い切って自室のドアを二度ノックし、声を上げる。
「斉藤さん、あの、病院の方が来られてます!!」
これで物音がしなかったら強引に入り込むつもりだったが、すぐに足音が聞こえ、内側からドアが開いた。
「声で……け……」
「何度も電話したんだけど?」
榊医師はまるでモデルのようにスマートに立ちポーズをキメると、またさらりと髪の毛を払った。
「あぁ……」
対照的にボサボサの髪の毛で髭も生えた斉藤は、まるで別人のように小さく返事をした。
上司の手前、バツが悪いのだろうが、河野としてもフォローの仕様がないなと思っていると、斉藤は、小さな声で「兄さんが」と発した。
「一郎さんが?」
俯ききった斉藤からは何も読み取れそうになかったので、榊医師を見たが、こちらもその表情からは何も読み取れない。
「……死んだ」