秘書の私、医者の彼
秘書になる前の私
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『第1018回 暮らしの研究会参加決定についてのご案内』
玄関のドアを開けるより早く、今しがた郵便受けから取って来たばかりの市役所の茶色い封筒の端を手で破った。
中の一枚のわら半紙の目題を見た途端、河野 亜美(こうの あみ)は、目を見開いたと同時に多大の不安と期待に息が荒くなった。
それくらい『暮らしの研究会』参加決定は衝撃的な出来事であった。
2015年、政府は正常、という基準で選んだ人のみを一つ屋根の下で住まわせ、どのように生活していくかというデータをとる実験を始めた。データの内容は、色々な職種、年齢の人物を同じ家でルームシェアさせてどのような行動をとって過ごすかというもの。
このデータが海外で売れ、その精度が良いと評判になり、今や参加者には10年で1億程度、その家族や血縁者にはそれぞれ数百万から数千万という破格の報酬が得られるようになった。
この企画も今は1000回を超え、選ばれた人数は1万人を超える。
1日数人程度に郵便が届き、強制的にルームシェアが言い渡され、報酬が得られる。
人々は政府に与えられた豪華な部屋で暮らし、生活を作り、報酬を得る。
この通知が来たということは、正常だと国に認められた証でもあり名誉なことでもある。
言い換えれば10年間適当に遊んで暮らすこともできるし、更に仕事に精進することも、新しい家庭を作り直すことも、なんだってできる。そこに拘束力はない。
ただ参加は強制であり、同じ家で決められたメンバーで生活していくということを除いては。
河野は更に詳しい内容を求めて、プリントに目を走らせる。
集合場所は自宅からかなり離れた街のルームシェアマンションだ。ということは職場がマンションに近い本社ビルに移動になるかもしれない……いや、なればいいという願望か。
日にちは1か月後。時刻は午後7時。
荷物はあらかじめマンションに郵送しておくこと。
書かれているのは、たったそれだけ。
誰と住むかも分からない場所に突然放り込まれる。だが運よく前向きで考えられるのは、特に今ここに残ってしなければならないことがないせいかもしれない。
今年26歳になっても誰もいない実家から職場に通い、彼氏もおらずただ仕事になんとなく精を出している毎日に、良い刺激なのかもしれないとすら考えられた。
親も特にどうと思わないだろう。一部上場企業部長の父は、一年前に世界で注目されている海外支店の総責任者を任され、母と2人で転勤した。専業主婦の母は、2人きりで海外で暮らせるなんて夢みたいと喜んでいたし、実際時々絵葉書が届く程度でかなり満喫しているようだ。
そこまで考えてから、ふっと前を見た。
その時には既に何を郵送するか、段ボールはどこにあったか、を頭の中で忙しく考え始めていた。
『第1018回 暮らしの研究会参加決定についてのご案内』
玄関のドアを開けるより早く、今しがた郵便受けから取って来たばかりの市役所の茶色い封筒の端を手で破った。
中の一枚のわら半紙の目題を見た途端、河野 亜美(こうの あみ)は、目を見開いたと同時に多大の不安と期待に息が荒くなった。
それくらい『暮らしの研究会』参加決定は衝撃的な出来事であった。
2015年、政府は正常、という基準で選んだ人のみを一つ屋根の下で住まわせ、どのように生活していくかというデータをとる実験を始めた。データの内容は、色々な職種、年齢の人物を同じ家でルームシェアさせてどのような行動をとって過ごすかというもの。
このデータが海外で売れ、その精度が良いと評判になり、今や参加者には10年で1億程度、その家族や血縁者にはそれぞれ数百万から数千万という破格の報酬が得られるようになった。
この企画も今は1000回を超え、選ばれた人数は1万人を超える。
1日数人程度に郵便が届き、強制的にルームシェアが言い渡され、報酬が得られる。
人々は政府に与えられた豪華な部屋で暮らし、生活を作り、報酬を得る。
この通知が来たということは、正常だと国に認められた証でもあり名誉なことでもある。
言い換えれば10年間適当に遊んで暮らすこともできるし、更に仕事に精進することも、新しい家庭を作り直すことも、なんだってできる。そこに拘束力はない。
ただ参加は強制であり、同じ家で決められたメンバーで生活していくということを除いては。
河野は更に詳しい内容を求めて、プリントに目を走らせる。
集合場所は自宅からかなり離れた街のルームシェアマンションだ。ということは職場がマンションに近い本社ビルに移動になるかもしれない……いや、なればいいという願望か。
日にちは1か月後。時刻は午後7時。
荷物はあらかじめマンションに郵送しておくこと。
書かれているのは、たったそれだけ。
誰と住むかも分からない場所に突然放り込まれる。だが運よく前向きで考えられるのは、特に今ここに残ってしなければならないことがないせいかもしれない。
今年26歳になっても誰もいない実家から職場に通い、彼氏もおらずただ仕事になんとなく精を出している毎日に、良い刺激なのかもしれないとすら考えられた。
親も特にどうと思わないだろう。一部上場企業部長の父は、一年前に世界で注目されている海外支店の総責任者を任され、母と2人で転勤した。専業主婦の母は、2人きりで海外で暮らせるなんて夢みたいと喜んでいたし、実際時々絵葉書が届く程度でかなり満喫しているようだ。
そこまで考えてから、ふっと前を見た。
その時には既に何を郵送するか、段ボールはどこにあったか、を頭の中で忙しく考え始めていた。