秘書の私、医者の彼


今、何時だろう……。

 朝方だろうか、外がまだ薄暗い。

 横向きに寝ていた河野は耳の下に堅い物があることに気付いて少し頭を上げた。

 斉藤の太い腕……。

 斉藤は仰向けになったまま、すーすーと寝息を立てている。

 腕枕をしてくれるのは非常に嬉しいが、おそらくこのままだと腕が痺れるに違いない。

 河野はそっと腕を気を付けの状態に戻して、自分のスマートフォンを取りに行くことにする。目覚まし音をセットしていないと、朝起きる自信がない。

 それにしても、斉藤は冷徹なまでのクールに見えるのに思いの他ストレートに甘えてくる人だったんだと分かると、途端に微笑ましくなる。

だが、もしこれで、こちらのことなど特に好きでもなく、ある程度心を許している人になら誰にでも同じような態度をとる人だったのだとしたらまた、見方は変わってくるが。

……そうではないだろう。

 好かれて、いるとは思うのだが。

 そこの所、聞いておきたい。

 だけど、聞いて、予想と全く逆の答えが返ってくる確率もないわけでなはい。

 河野はそっと斉藤の髪の毛に触れた。

 彼が、殻を完全に破る日は遠い。そんな気がしたからだ。

 目を閉じて眠り込んでいると思っていたのに、パシッと音がするほど素早く河野の右手が斉藤の大きな手に捉えられる。

 髪の毛を触ったことで怒ったのだろうかと、不安になるほどだった。

「!!!!…………」

「…………、今、何時?」

 昨夜まるで愛し合ったかのような、独特の馴れ馴れしい雰囲気に包まれ、ぐっと胸が詰まる。

 河野は、斉藤の薄く開いた目をじっと見つめて、思い切って口を開いた。

「聞きたい、ことがあるんだけど……」

「あ?」

 斉藤はダルそうにこちらを見上げた。

「……、あの、……あの、その……」

「…………」

 斉藤は我慢強く待ってくれている。

「あのっ、今って、好きだから一緒に寝てるの?」

「じゃなきゃ、部屋に入れるわけないだろ」

 即答。

 手首はまだ握られたまま、斉藤の力強い視線もそのまま。

 河野は思い余って、視線を逸らした。

「言っとくが、俺は甘っちょろいのは嫌いだ。お前も覚悟決めてここにいるんだろ?」

「えっ……」

 思わず短い声が出る。

「え、じゃねーよ」

 そこで、ぐいと手首を引っ張られる。バランスが崩れたと思ったら同時に空いた手で腰を捉えられ、布団が大きく乱れ、丁度斉藤の真上にうつ伏せになった。

「こんな風に人を受け入れられたのは久しぶりだ」

 ゆっくりと背中をさすられて、目を閉じそうになる。

「お前なら大丈夫だ……。フッ、最初は何にも思わなかったのにな」

 斉藤は何が可笑しいのか、機嫌よさそうに、明るい声を続けて出す。

「どうやらお前と俺の気持ちには随分開きがあるようだが?」

 随分抽象的な発言に、返す言葉を選びきれない。

「そ……そうなのかな?」

「まあ、お前が俺のことを大して思ってなくても、必ず良いと思わせてやるよ」

 思いもよらない言葉が上からふってきて、初めて斉藤の想いを自覚する。

「近いうちに仕事も完全復帰する。時間も空けて、金も遣って。お前が想像しきれないくらいの俺に、たっぷりはまらせてやる」

 あまりにも自信過剰な発言に、苦笑した。

「何笑ってやがる。なんなら今からその唇に……」 

 背中にあった手が、ゆっくりと肩、首、顎と這い、ついに唇に到達する。

「お前が望むことをしてやろうか?」

 身体が硬直して動かない。

 キス? ……キス??

 頭はその言葉から離れない。

 指が唇を何度も往復する。嬲るように、這い、舌を誘うように、焦らす。

「したいか?」

 まさか、キス以上のことじゃないよね!?

「するか?」

 唇から手が離れ、顎に移動する。そして、グイと持ち上げられた。

「したいなら……」

 斉藤の顔は随分近い。

 吐息がかかるくらいに、近い。

 なのに、ふっと離れて、余裕の声を降らせてくる。

「お前から誘って、来い」



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