牙龍−元姫−
余りにも胸が痛くて、痛すぎて、バッと勢いよくベンチから立ち上がる。それが罪悪感か後悔からかは分からない。ただ痛い。
私は屋上から出たいと心底思った。そう思ったのは今日何度目だろう……?
屋上(此処)は私を狂わせ、惑わされる。
今度は止められることもなく、すんなり歩き始める。しかし次に聞こえる言葉に私は足を止めた。
「……お前は、よく分からねえ」
苦し紛れの戒吏の声。
私は背を向けながらその声を聞き入れる。きっと戒吏も私に目線は向けていない。
「…わかってもらいたいなんて思わないよ」
「…変わったな、お前」
私の事を理解出来るのは私だけ。知ってもらおうとも納得してもらおうとも思わないし、思えない。
…変わった?私が?
違う、
変わったのは戒吏たちだよ。
その変化が悪いものなのか良いものなのかは、私には分からない。
前から女嫌いだった彼等。
更に女を寄せ付けなくなった―――――――――けど橘さんだけは彼等の特別みたいだ。
笑顔なんて人の前で見せたことあった?答えはNO。でも今の彼等は自然体そのもの。
いまの牙龍はどこか緩い。恰かもツンツンしていた棘がなくなり、フワフワの産毛に変わったみたいで…
ふと感じたんだ。
遠い人になったみたいって。
「…いまのお前は遠い」
「…っ!」
顔は見られていないけど今の私は滅茶苦茶驚いた顔をしている筈。目なんて零れ落ちそうなくらいに見開き、口を魚のようにパクパクと動かす。
同じことを感じてたんだ…
「お前は前からそうだ。届きそうになると、逃げていく。懐かねえ猫みてえに――――」
微かに背中越しで少し笑い声が聞こえた。その言葉に、その笑いにどんな想いが込められてるのかなんて私には到底分からない。