牙龍−元姫−
物音ひとつしない廊下に、二人。静かな廊下でお互いに見つめ合ったまま硬直している。状況を呑み込もうと必死なのか黙り。
「久しぶり」
重い沈黙を切り裂いたのは響子の方だった。それが余りにも意外だったのか庵は酷く驚いた顔をする。
「…うん。この前ぶり」
「橘さんには有り難うって言っといてね?」
「そんな事言ったら寿々、調子に乗るよ」
微かに声に出して笑う庵。この前というのはドーナツ店で絡まれた時の事。お互いにそれを理解しているのか、すんなり話が通じる。
「でも助かったよ」
「怪我なくて良かった。寿々も我が道を進むタイプだし突っ走って怪我されたら困るしね」
普通に響子と会話出来ているのに驚いている半面自然と嬉しさが滲み出てしまう庵。
しかし。だからなのか、寿々と言ったときに顔を歪めた響子には気が付くことは無かった。
中庭で昼寝していたから当たり前なのだが、響子が戒吏と会って為少しピリピリとしている事は知らないだろう。それが半分は寿々の影響と言うことも勿論知らない。
知っていたなら寿々の名を出すような失態、庵はしない。
「あれ。鞄?帰るの?」
「…うん。少し体調良くないから」
不意に目に入ったのは、響子が持つスクール鞄。
響子は庵に心配いらないよ。と言うと苦笑いを浮かべた。