牙龍−元姫−
「1つ、お前に教えといてやるよ」
口元を歪ませるユミさんはその瓶を持ちながらゆっくりと私に近寄ってくる。
コツ……
コツ―――……
靴の鳴る音が更に私の恐怖心を煽る。その音が近づくにつれて私の鼓動は早さを増すばかり。
ドクッと胸が緊迫感で激しく波打つ。ツゥーとゆっくり頬に冷や汗が伝い床に落ちる。それはお腹や頬に迸る痛みでは無く恐怖から。―――‥ユミさんが,怖い。
「ホントはタカシなんてどうだっていいんだよ」
「は!?」
衝撃のカミングアウトに驚いたのは私ではなく彼女の友人だった。ユミさんの友達が唖然として声を上げる。
瓶を片手に浮かべていた笑みはガラリと一転。彼女は激しく憎悪に包まれた瞳で私を睨み付ける。
「っお前が居るから!―――――――――お前さえいなければ戒吏様は私のモノだったのに!」
――――…そう言うことか。
私は漸く理解した。同時に納得出来た。私がその‘タカシさん’だけの理由でリンチされているとは到底思えなかったから。
昔も牙龍関連で絡まれていたことが幾度となくあった。と言うよりもほぼ牙龍関係の人ばかりだった。だから今回ももしかしたら――――――‥
そう思ったけど読みは当たっていたみたいだ。改めて怒り狂う彼女を見て納得した。
でも、1つだけ言わせて貰うなら
「‥―――喩え私がいなくても戒吏は貴女を好きにはならないよ」
ここに来て漸く閉ざしていた口を私は開いた。口を開くのも辛く、声を出すのも耐え難かった。じわりじわりと痛みが侵食する。
震える声は痛みからか、または、恐怖からか。
でも言いたかった。戒吏はきっと貴女を、―――――ううん。絶対に好意を持たないって。
嫌味とかじゃない。ただ何となく。戒吏は自己の利益だけで人を傷つけようとしないから。でもその点でユミさんは違う。自己の欲望の為に力を奮う。男女問わずそういう輩を彼は好まない。彼に限らず牙龍もだ。ユミさんが彼に好かれるには到底無理かも。
「はは…、はははは…」
私の言葉に乾いた笑い声を出す彼女。その感情は読み取れない。ただ、笑うだけ。ユミさんは瓶を、強く強く強く強く握り絞めギリギリ音を鳴らす。あまりにも強く握っている為か小刻みに手が震え、小瓶の中の液体がゆらゆら揺れている。