牙龍−元姫−
ガタガタと頭上から爪先まで震える。ゆらゆら揺れる硫酸から眼が離せずに身体が凍りつく。
(怖い、)
何をされるかなんて考えなくともわかる。ユミさんがしようとしている事を想像するだけで震えが止まらず声が出ない。
小刻みに震えながら床に座り込む私の頭上で瓶を斜めに向けると――――――‥‥硫酸を被せようと勢いよく振りかぶる。
そのときのユミさんの微笑は
とても、歪んでいた。
駄目だ、
そう目を固く瞑ったとき――――――――――‥
「なにやってんの!」
彼女は、現れた。
瞳を閉ざした瞬間入り口の扉付近から聞こえて来た声。
何故かいつも彼女は私がピンチの時に現れる。危惧したりはしなのかな?でも彼女は行き当たりばったりで行動しそう。いまだって危険を顧みず私の元に駆け付けた。それは前にも絡まれたときに助けてくれた声で―――‥‥‥
「…………っ橘、寿々!」
―‥‥‥お転婆なお姫さま。
たちばなすず、
そう声を荒げたユミさん。
まさに邪魔するな!と言うように。威嚇するユミさんを横目に私は彼女を見る。お下げに眼鏡と地味な格好の女の子。模範生のように制服を着こなす彼女はお転婆なお姫さま。いまは剣を振り翳す勇者さま。
まさか。
―――‥まさか。
誰かが助けてくれるなんて夢にも思ってなくて安心したとき私の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。それは肩の力が抜けた瞬間だった。
「響子ちゃん!」
「……ひっ、くっ」
頬を伝う涙を見た橘さんが急いで駆け寄って来てくれた。顔を手で覆う私は耳を頼りに橘さんが近づくのを感じる。
そしてもう大丈夫と云わんばかりの優しい手で背中を撫でてくれる。なんでこの子はこんなにも優しいのかと蟠りが私の心を渦巻く。
私は硫酸掛けられそうだったんだよ?普通は見て見ぬフリするんじゃないの?この人達が怖くないの?どうしてもここにいるの?
聞きたいことが山程ある。疑問が沢山ある。
―――――‥‥でも今はそれ以上にこの優しい温もりに甘えたい。徐々に恐怖で埋め尽くされていた心が静まり安定していく。