牙龍−元姫−




現にこの2人は眼鏡を割った裸眼の橘さんと瞳が合わさったときから一度たりとも橘さんを見ようともしない。



橘さんを動物界でいう肉食動物で自分たちが草食動物だと理解したから。彼女達はまだ賢いと思う。逃げる事の大切さを理解しているから。頭に鳴り響く警告を無視して突っ掛かっても後の祭りだ。





「ほ、ほら帰ろ!」

「煩い!黙ってて!」

「ユミ!駄目だってマジで!帰ろう!」





だからこんなにも慌ててここから去ろうとしている。身を守る為に逃げる草食動物みたいに。ユミさんは慌てる2人の心意を悟っていないんだ。立腹する余り周りを把握出来ていない。





――――――――三人の言い争いを尻目に橘さんが私に話しかけてきた。





「怪我大丈夫!?」

「う、うん」





実際は声を発するだけで痛い。力も全く入らないし。折れているであろう腕から激痛が走る。本音と建て前と言うものだ。わざわざ心配させる事を言うつもりもない。





「そっかぁ」





ふにゃっと笑った橘さんに―――――――さっきのは誰?



と思わせられた。こんなにも朗らかな子があんな瞳をするんだと。



確かに橘さんは周りよりは地味かもしれない。でも人は見た目で判断しちゃいけないと、たったいま改めてしみじみと理解した。



"あの"牙龍にいるくらいだから何も不思議じゃないんだ。逆に私が異端分子だったんだよね。



――――――橘さんが牙龍だという事を狭間みたような気がした。









「くそッ!」





ガシャン!と音を立てて割れたのは硫酸が入った小瓶だった。ユミさんが壁に叩きつけたらしい。私と橘さんは顔を見合せて3人を見る。
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