牙龍−元姫−
「橘さん、有り難う」
暗い生物室に2人して座り込んでいる光景は端から見れば摩訶不思議。しかし、そんな些細なことは気にせず助けてくれた橘さんに感謝を述べた。
本当にありがとう。あのままじゃ、確実に硫酸が係るところだったし………。
思い出すだけで背筋が寒くなる。
「…………」
「?」
返答がない橘さんを不思議に思い、私を首を傾げる。
暗くてハッキリとは見えないけど、少し不貞腐れた顔付きをしている橘さん。私には何故そんな顔をしているのか分からなかった。
「橘さん?」
「……それ、」
「え?」
「だからその〈橘さん〉止めようよ!苗字+さん付け禁止!」
先程のオーラは微塵も感じられない。本当にあの畏縮するオーラを放っていた人と同一人物なのかを疑う。
私の心情を知るよしもない橘さんは首を大きく横に振る。その度に長い三つ編みが宙を舞う。顔に長い髪が当たって痛そう…。だけどその姿はまるで駄々をこねる子供のようで―――――――可笑しくて少し笑みが零れた。
「ふふっ。」
「えー!何笑ってんの響子ちゃん!なになに!?何か面白いことあった!?」
「何にもなーい。」
「おーしーえーてー!」
「ひ・み・つー。」
「ぐはあっ!―――――ッ何それ反則!滅茶苦茶可愛い!は、鼻血出そうでござる。ゲーマー界も吃驚だよ!桃子ちゃんの時代終わっちゃうよ!新たな世界が到来しちゃうって!新世界みたいな?え。正しく某海賊漫画じゃないか!このままじゃリアルと二次元の区別がつかなくなるよ!ああ。もう。響子ちゃんが可愛すぎるのが罪なんだよ!響子ちゃん萌え萌え!」
身体全体を使い熱く語り出す。何かを熱弁するその動作な1つ1つが大きく疲れそうだと思った。
「落ち着いて?‘寿々ちゃん’」
「…………」
訳の分からない事ばかり言い始めた寿々ちゃんを宥める。話の内容がさっぱり分からない。
すると、放っておいたらペラペラと永遠に一人で話してそうだった寿々ちゃんが突然ピタリと止まると、
―――――前に座っている寿々ちゃんが身を乗り出してきた。乗り出すと言っても柵も何もない。更に顔を私に近寄ける。
元々距離が近いのに、更に縮まる距離。吐息が係るほどの隔たり。
「い、いま何て………」
「え?落ち着いてって、」
「そ、そそその後!寿々ちゃんって…………!」
「い、言ったけど、」
余りの形相と迫力に少し引き気味になる。
退いても更に詰め寄って来るので然程距離は変わらない。