牙龍−元姫−








「なんの話ですか?」

「橘寿々さんの話だよ」






先ほどの会話を聞いていたのか尋ねてくる千秋。しかし突如―――――スゥッと音もなく顔の表情が無になった。



その瞳は、やや厳しい。流石私の弟。分かってるじゃない。





「橘って……確か牙龍の」

「そうだよ?」





峰まで言わなくても解る。だから素早く響子は肯定した。キョトンとする響子は穢れがない。腹の中で黒いことを考える私と千秋の意にも気付くことは無いだろう。



橘は牙龍の【姫】。知らないものはいない。【橘寿々】は有名だ。腹立たしいが、それほどまでに牙龍の知名度が高いと言うこと。



そして【野々宮響子】は牙龍の裏切り者。それも、この学校―――いや。地域で知らないものはいないだろう。



響子の隣に居れば嫌でも毎日憎悪の視線を多々浴びる。それが私への憎悪ではなく響子へ向けられていると思うと更に腹が立つ。



それもこれも全て牙龍のせいだ。



響子は牙龍の元姫。‘元’姫だ。



今は何ら関係はない。アイツ等には違う姫が居る。響子は不必要な存在。なら二度と響子に関わって欲しくない。視界にも入らないで欲しい。傷口に塩を塗るような真似はしないで欲しい。



響子には私が居るから。



この安定された今を変えないで欲しい。
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