牙龍−元姫−
ある日の14時〜青と黄〜
***
「――――何だよ。」
港にある牙龍の倉庫を出て、少し離れたところに座る遼太。
かれこれ小一時間はボーッと海を見据えている。
そして、ぼんやり物思いに耽る彼に忍び寄る男がいた。
静かに後ろから近寄る“誰か”に気づいたのか声をかけた。その声色は若干苛立ちを含んでいる。
「気付かれちまったぜ」
「テメーかよ、蒼衣。…失せろ」
「おー、こわ。かなり苛立ってんじゃねえの」
おどけたように笑いながら遼太の横に座る。
去ろうとしない蒼衣を横目で見ると再び海を見つめ始めた。
いつもの騒がしさが今の遼太には皆無。珍しく大人しい遼太を見て何かを察したのか蒼衣も海を見つめた。
「おらよ、タバコ。ちっとは気晴らしになんじゃね〜の?」
蒼衣が渡すタバコを数秒間見つめたあと素直に受けとる。
しかし遼太が一本取り出して箱を突き返すも、蒼衣は受け取らない。
「遼にやるよ、それ」
「あ?」
「俺もうタバコ吸わね〜から」
飴を取り出して口に放り込む蒼衣。仄かに馨るグリーンアップの匂いに遼太は顔を顰めた。
「ワケわかんねえ事ほざくな」
「ヤニの匂いより甘い匂いのほうがモテそうじゃね?」
それが建前で、蒼衣が大勢の女に好かれるよりもたった1人の女に好かれたい事を遼太は知っている。
嫌みったらしく笑う蒼衣に遼太は苛立ったように吐き捨てた。
「…うぜぇなテメエ」
そう言いつつも加えていたタバコを離して地面に投げつける。
「おいおい折角俺がお前にやったんだぜ?粗末にすんじゃね〜よ」
「うぜえんだよ。元々廃棄する予定だったもんを押し付けてくんじゃねぇよバァーカ。だいたいヘビースモーカーのテメエが禁煙出来るワケねぇだろうが」
「吸わねえよ」
即座に言い返す蒼衣。
「もう、吸わねえ」